心が疲れて 動けないのは何故
学業期間では、男女を問わず大企業入社を目指し、高学歴・有名大学受験という進むべきレールを引き、個々の才能に目を向けることもなく突き進み。
そして今、自由競争社会と謳われ、華々しく輝いた社会基準の中で、学業で培ってきた知識とは違った能力を求められて、企業人の一員として、新たな競争社会に身を置き、学問のような正解のない業務に、悪戦苦闘する日々を送る。
また、世の中は目まぐるしいほど高度な情報化環境が出来上がり、人と人はツールを介して常に繋がる社会となり、世界の垣根は取り払われ、文章や映像、音楽などで交流は自由に繋がっていける。若者たちには、この様な環境が当たり前だと思って成長した。
私のような古い年代層が生活して行くには、非常に息苦しく疲れる世の中だなぁ と感じてしまう。何が息苦しいのだろうか。こんなに便利な世の中になったのに、と考えてみる。
今までも、これからもずっと競争していくしかない生活。
人との関わり合いは、SNSで顔が見えないコミュニケーション。
家族と云っても、共有する時間もなく、一番遠くに感じる人たち。
人はそれぞれ、経済的環境も家族構成も生い立ちも違い、両親の考え方も友人の思いも違う中で生活してきたのですから、誰一人として「心の記憶」も違います。
若い人たちは、誰が悪いわけでもないのですが、なんとも満たされない寂しい境遇に身を置いているなぁ~と感じてしまうのではないでしょうか。
疲れたと感じている方、疲れて起き上がれなくなりそうな方。少し自分自身を、ゆっくり見つめ直しても良いのではないでしょうか。
どうぞ、先ずは電話を下さい。当教会に来てください。私で良ければお話を聴かせてください。静かな神殿内で一人瞑想してください。ご自由にお使いいただけます。連絡をお待ちしております。



